神への根源的な怒りである。
この怒りの持って行き場は無い。
自殺という絶対的な抗議によって
神を糾弾しようと試みるのである。
視野が広ければ、
真の教養があれば
自殺によって神を糾弾できないと
直観的に知っている。
自殺以外の方法で
神を糾弾しようと試みる。
そして糾弾することを諦める。
糾弾をやめ、神を許したとき、
それは自分を許したときである。
自分が許されるということは
神が許されるということである。
許し、許され、私はここに
在る。

topic: philosophy
first posted: 2018-08-31 23:12:27
last modified: 2018-09-01 11:14:18