良い答えを得たいなら、
良い問いをすることだ。

意味はなくてただ存在する、とか、意義と目的があって存在する、とかじゃなくて、 存在していても無意味だ、すべてに意味は無い、正誤も善悪も無い、とかいう「自分」を視座、前提、立脚点とする「似非ニヒリズム」とか「似非無神論」とかじゃなくて、 私は存在するとして、その存在は化現に過ぎないとして、意味の有る無しは考えても無駄であるとして、 宇宙は存在する必要があるのか。 地球は存在する必要があるのか。 神は存在する必要があるのか。 存在する必要がそもそもあるのか、 なにかの間違いで存在してしまっているだけなのか? なにも存在しないほうがすっきりしてよいのではないか、 なにも存在しなければ、正誤も善悪も光も闇も存在しなくて済むではないか。 「なにもない」でなんの不都合があるのか。 なにもなければそもそも都合不都合もない。 なぜ在るのか。 在るとは何か。 もうセプテンバーなのにただただ暑い。 ニヒリズムの処方箋には三つある。 ニーチェ式、タオ式、ケラー式。 それぞれ再確認していこうと思う。 あー暑い。

つづく。

topic: philosophy
first posted: 2018-08-31 18:41:31
last modified: 2018-08-31 18:51:44