声を出して歌うことがなにげに霊性向上効果があることを教会は知っているから、教会でみんなに賛美歌を実際に声を出して歌わせるわけ。

この方面のメソッドは仏教のほうが熱心で激しく、実用主義です。「マントラ」のことです。

仏教の本質をわかりやすく言い切れば「霊性向上のための実践的ワークショップ」以外のなにものでもないんです。 ようするに霊性の高い人々は「音声帯域の音響には松果体の活性化効果がある」ということを知っているということです。 ホーミーなんかいかにも松果体を揺さぶって活性化しそうでしょう? 声で「オウム」と発した時の音響や「虚空蔵菩薩真言」が聖音とされるのは、その音響特性が周波数的に松果体をうまく揺さぶるようになっているからですよ。

「わけもわからずお経だけ毎日唱えること」を強要する宗教は、まさにこのメソッドだけをスパルタ的に追求しているわけです。 下手に勉強したり悩んだりするより、意味なんかわからなくていいからお経をただただ毎日唱えることの「音響効果」が実用的であることを知っているわけですよ。 空海から見れば最澄は「下手に勉強しているだけ」ということになるわけですね。 神学を弄するような衒学など必要ないことは無論です。 トマス・アクィナスが覚醒したとたん神学大全の執筆を止めてしまうということになるわけですね。 松果体さえ活性化すれば、はっきりいって聖典だの聖書だの理解する必要はなくなるんですよ。 そんなことは必要なくなるんですよ、ほんとうに、 聖書に書いてあることなど「私はすでに知っている」ことばかりになるんですから、 「私はここに、在る」ということなんですから、キリスト意識とのコネクションが開通さえすればね。 (仏教用語だと即身成仏。「知る」の究極は「成る」。ほんとうにそれを「知る」には、それに「成る」しかない)

松果体とはなんなのか。はっきりわかりやすくいえば、脳の中央にあるクリスタルチューナーです。実際に物理的にクリスタルを素子としているチューナーです。霊的波動を情報として扱える素子です。受信だけでなく発信もできます。その「鉱石ラジオ」の原理を「離脱していない科学者」がまだ知らないだけです。 そういうことなんですよ。案外と簡単なことなんです。逆に言えば、人類の覚醒を邪魔しようと思えば、松果体を潰すような策略をとればいいわけです。

「真言」とはなにか、「密教」とはなにか、ということです。密教は真言宗やチベット仏教だけでなくキリスト教にもあります。イエスは「キリスト意識密教」のマスター/メンターという側面もあるという見立てもできるわけです。その密教レベルについてこれるのは12使徒のなかで「イエスの最も愛した弟子」=ヨハネだけだったということです。

現在の形の新約聖書の実情はネオプラトニズムのロマンチックなポエムです。ポエムをいくら文学的に研究し読み込んでみても、それはポエムの鑑賞です。それはそれで癒しや道徳の効果はありますし、対機説法ということで、ポエムや比喩といったものは必要でもあります。覚醒を目指すなら「本」だけ読んでいてもダメだということです。「泳ぎ方」という本だけ研究して、いつまでたっても海へ入ろうとしないなら、海を泳いだことにはなりません。瞑想を恐れてはいけません。聖書が書かれた頃とは状況が違うんです。聖書の価値は基本的に普遍的ですが outdated な部分もあることを認めることにやぶさかであってはなりません。

密教のレベルまでいけば、どんな宗教もほとんど同じことになってきます。現象界の仕組みについての覚醒、自分はなにかについての覚醒において宗教の違いはなくなります。まさしくワンネスです。

topic: philosophy
first posted: 2017-03-01 15:52:38
last modified: 2017-03-03 17:17:46