クラシック音楽鑑賞やオーディオ趣味には適性というものがあるのかもしれない。 学習できるものではないかもしれない、 お金をいくら持っていても、暇がいくらあっても、本をいくら読んでいても、学歴がいくら高くても、地位がいくら高くても、だめかもしれない。 結局はギフテッドな世界での高度な遊び。 ギフテッドな人がつくった世界ではある意味ギフテッドな人にしか気付きはないのではないか。 この遊びの世界は拡大していると楽観している。 適性のある人が生まれて来なければ話にならない。 だがそれは生まれてきつつあると感じる。 クラシックを普通に聴ける人は増えている。
ベートーヴェンしか聴けない人は、ベートーヴェンすら聴けていない。

topic: audio
first posted: 2011-03-04 20:26:41
last modified: 2011-03-05 14:23:23