CD 2005-10-11
なにかを無料にするのなら、すべてをいっせいに無料にしなければ、 各個撃破されてしまうだろうというようなことを、

「高速道路の無料化」

とか

「オープンソースで生きられるか」

というお題で、ふと思った。 すべてをいっせいに無料にすれば案外回りだすのではないか。 物々交換とも共産主義とも違う。 何かを欲しがっている人には持っている人が贈与する。 交換も無いし、対価も求めない。 ただ一方的に贈与する。

完全にベーシックインカム制を採り(給料の贈与)、 老後を完璧に保障し(年金の贈与)、 医療と義務教育は無料にし(医療と教育の贈与)、 生活必需品は無料にし(必需品の贈与)、 そのかわり税金をがんがん上げて行き、 とうとうインカムの100%まで税金取るに至った社会と考えてもいい。 これ以上払えも取れもしないところまで行き付いたら、 払うのも取るのもやめるしかない。 結果的には同じところに行き付く。 ここまで行けば、お金の動きがストップしているのに、社会がなんとなく動いていることに、 みんながふと気付くかもしれない。 ベーシックインカム制すら不要になっている社会。 みかえりを求めず、いきがいとやりがいだけで動いてしまっている社会。

すべてが贈与で回る

ので、 自分が必要とするものも贈与される。 全地球的にこれでぐるっと回ったりする。 贈与であるから義務も無い。 この人には贈与したくないと思えば贈与しなくていい。 誰かがなにかをひとりじめにしようとしても、 贈与側が「これで十分でしょ、これ以上は贈与しません」といえばいい。 というか、 ひとりじめしようとか、貯め込もうとか、泥棒しようとか、 そういう必要性がそもそも無い。 いつでも必要なものは贈与されるのだから。 交換は等価でなくてはならないというのがそもそも間違っているのではないか。 等価交換にこだわることに実はいかなる合理性もなかったりするのではないか。

等価交換が否定される

のであるから、貨幣も必要ない。 給料の支払いも必要ない。 やりたくないことはやらなくていい。 シンプルに嫌なことは嫌でいい。 なにもしたくないならしなくていい。 汚れ仕事はロボットにさせればいい。 そういうロボットを開発する仕事をみんながすればいい。 科学者か芸術家か旅人になればいい。 象牙の塔に住めばいい。 ビールが飲みたくなったら、 ビールを作るのが趣味の人のところへ行って ビールを贈与してもらえばいい。 等価交換に意味が無いのだから、 ビールを贈与する側はなにも失っていない。 pay it forward ってあったなあ。 gift it forward ってのもあるみたい。 あれをもっとすさまじくしたような世界。

宇宙人の経済

ってそんな感じではないかと思ったりする。 宇宙人はお金でなにか動かしているとは思えない。 宇宙船の書庫にマルクスがあるとは思えない。 文明がもっと発達して宇宙のレベルになれば、 なにかの価値をいちいち正確に数字で表現できなくなってくるのではないか。 だったら等価交換という概念が無意味になってくる。 そうなれば等価交換という概念を基盤とする貨幣も無意味になる。 軌道エレベーターならまだしも、スペース・コロニーとかリング・ワールドとかダイソン・スフィアとか、 もはや金額で表現しようがないのではないか。 逆に言えば、等価交換に拘っていたら、本格的に宇宙へは行けないのではないか。 地球人はお金がなくて宇宙へいけませんなんて、なにか根本的におかしくないか。 宇宙人へひとつだけ質問できるなら、

ベーシックインカム制のさらに先

にある究極の社会制度は何ですかと。 答えは 42 がお約束。 暇を持て余した神々の経済。

topic: philosophy
first posted: 2009-08-30 01:13:46
last modified: 2009-09-17 00:49:48