ショスタコーヴィチの10番を聴きながらだと、片付けがはかどります。 部屋の中につみ上がった、段ボール、本、VHS、DVD、CD、未処理の書類、それらの山に対峙しながら、まず第1楽章を聴きます。まず自分の駄目さを思い知り、無力感の海に沈降します。するとあら不思議、第2楽章になったとたん、体が勝手に動き始めます。どんどん片付いていきます。なにかのスイッチが入るみたい。 1年以上放置されていた混沌がみるみるやっつけられていきます。 この機会にコレクションの10番を次々と全部聴いてしまいます。

ショスタコーヴィチ第10番の「片付ける」という機能性を部屋に発揮させるのは応用であって、 そもそも「心を片付ける音楽」「嫌な過去を片付ける音楽」というのが本来の機能でしょう。 だから、心が片付いている人、嫌な過去の無い人は、ショスタコーヴィチなんか必要ないのです。

癒しの音楽ではなく片付けの音楽。 音楽療法としてみても、 スイーツ音楽で患者の頭をなでたら癒されるような場合、症状は軽いのであって、 もっと深刻な場合、 口から手を突っ込んで奥歯をガタガタいわせるような音楽が必要になってくるでしょう。 防衛のために固く閉ざされた心、疲弊し硬直した心を、まず、ほぐすために、ゆさぶり、たたき、もむ。マッサージ。 心の底からえぐり、掘り返す。膿を出させる。癒しの前に震撼させる。そのために、音楽の調をその人の現在の調に合わせる必要がある。チューニングは音楽側の仕事になる。普通の人は自分の調を自分で変えられない。だから音楽の方で調を合わせる。音楽の引き出しの多い人は調に合う音楽を選択できる。 そこまでできれば音楽コンセルジュ(笑)とか音楽ソムリエ(笑)とか名乗れるかな。

ムラヴィンスキーってやっぱりうまい。リズム感もほんとにうまい。粗忽なところがない。 しかしスタイリッシュだけど燃焼温度が低いというか、なにかぐぅーっとこない。 ああムラヴィンスキーってやっぱりうまいなという感想が、 ああ10番っていい曲だなという感想より、勝ってしまうのですよ。 ムラヴィンスキーはつねに音楽の外からドライブしている感じがある。 ただしそのドライブは鋭敏でパワフルで完璧なので超一流とされるわけでしょう。 ムラヴィンスキーの10番ならモノラル録音ですが1955年プラハのスメタナホールで Czech Radio Broadcasts がライブ録音した Leningrad P.O. の演奏が好きです。 これは燃焼温度がやや高い。ムラヴィンスキーの手を離れ音楽が自立しようとしている方だと思う。

しかしインバルってやっぱりうまい。演奏と録音の質を兼ね備えているのでコレクションから外せない。 リファレンスはもちろんコンドラシン。 ショスタコーヴィチから直接指示をもらえた立場だったから。 テンポとリズムに関してショスタコーヴィチの意図に最も近いと思われるから。

とにかく楽譜でもっとも欠落している情報はテンポとリズム。 大雑把なことしか書いてない。これをどう補うかが指揮者の仕事。 作曲家って音符を並べることに興味があるのであって、 それがどういうテンポとリズムで演奏されるかについて、 あまり関心がないというようなことを坂本龍一が言っていた。 楽譜はチキンラーメン。指揮者はチキンラーメンにそそぐお湯。

topic: music
first posted: 2008-10-05 15:18:37
last modified: 2008-10-21 18:16:18